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旅行記:チェンマイ編~ランタン祭り~

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さて、毎年タイで行われるランタン祭りに行きたいということで、母と妹が旅行でやってきた。 父は普通に仕事、まあ仕事なくても来なかったと思うけど。 我が家族は、本当に出不精なので、家族で海外旅行に行ったことがない。 父と母は新婚旅行で海外に行ったきり、一切行きたいと思わないらしく、妹も腰が重いタイプなので、海外に行ってこなかった。 そんな家族がほぼ初めての海外旅行ということで、1から100まで介護の旅スタートだ。 まずは、スーツケースの開け方から。 ・・・そこから?と思う人もいるだろうが、スーツケースを持ったことがない人は開け方をしらない。 二人とも私の昔のスーツケースを持ってくるため、暗証番号を聞かれたのだが、「開かない!なんで!」と大騒ぎ。 LINEで言われているだけなので、なんで開かないかわからない私。 すると母が一言、「これってもしかして暗証番号合わせるだけでは開かなくて、どっか押したりせなあかん?」 ・・・はい、その通りです。横の出っ張りをスライドしてください。。(よくあるファスナータイプの開け方) そんな感じだったので、機内持ち込みと預け入れのそれぞれの制限品や機内であったほうがいいものなど、事細かに伝えることになった。 これで、最初海外LCCを予約しようとしていたのだから、笑える。 黙って日系エアラインにしなさい!日本語しゃべれないとこまるでしょ! ということで、無事タイに到着。空港まで迎えに行って一安心。 ランタン祭り自体は、チェンマイというバンコクから離れた都市で行われるため、国内線に乗ってチェンマイへ向かった。 チェンマイはとても雰囲気がよく、人も程よい街で、売られている雑貨などが可愛い、とてもいい街だった。あと、コーヒー豆も有名なので、コーヒーもおいしい。最高。 ランタン祭りの会場までは、さらにソンテウ、という軽トラの屋根有り版(でも吹き抜け)に乗っていくのだが、集合場所が大混雑&大混乱。 チェンマイで一番大きい会場を予約していたため、人の数が半端なく、しかもオペレーションが最悪だった。 どこが待ち列の最後尾かもわからない。並んでいる人が腕にリボンをつけているけど、どこでもらえるのかわからない。どこが乗り場かもわからない。(この列に並べばいいのか!?) あまりにもわからないので、家族を列で並ばせて歩いて情報収集。 チケットを見せてリボンをもらう場所...

微笑みの国、タイ

タイの人たちの良い面と悪い面、1年で本当にいろいろ見てきた。 タイ人と接してきて感じたことをまとめる。偏見とか差別とか言われても知らん。私はこう感じているという日記。 タイは、遊びでくるのはいい国、微笑みの国、仕事で来るのは厳しい国だと思う。 自分の精神を優先する人が多い。怒られるのはとても嫌いなので、その場がどうにかなればいいと思う人が多く、その場しのぎの嘘をついたり、やるといってやらなかったり、よくある。 日本と同じハイコンテクスト文化なので、思ったことを言わないことが多い。最近は、日本も西洋文化の影響を受けて、年下年上関係なく意見を言う職場が増えてきていると感じているが(少なくとも私はそうしている)、タイは上下関係が日本よりきつく、年上の人にはほぼ意見をしない。 それがよくない方向に行くこともしばしば。上から言われたことに対して「イエッサー!!」しか言えないので、元気に返事してから、「日本人助けて~」と言ってくることも多い。 タイには、目上の人と、下の人を呼ぶ、それぞれの明確な呼称があり、それも上下関係がちがち文化を促進していると思う。 ピー 〇〇 といえば、〇〇の兄さん/姉さん ノン 〇〇 といえば、〇〇(かわいい子分) みたいな感じになる。 この呼称で上下関係が決まるのだが、初対面の人で年齢がわからないときは、ノリで決まるらしい。そしてこの上下関係が決まってしまうと覆せないし、逆らえない。 日本では、上限関係というより、客とベンダー(メーカー)みたいな上下関係が多いが、タイはお客さんもうちの年配の営業のことをピー〇〇 と呼び、謎の上下関係が発生する。 年上は敬うべき!ということだ。 その思想自体は文化だしいいのだが、それで仕事上必要なディスカッションもできなくなるので、困ることがよくある。 加えて、うちの会社はタイ人が社長なので、もう大変!なのである。。(ここには書ききれない。) あともう一つ気になる点が。思考が浅い人が多い気がする。もちろん深い人もいるけど、人口に対して、浅い人の割合は多く感じる。 細かい背景や事情を伝えても伝わらない。こっちが必死に説明しても、聞かない、文章読まない、理解しない。英語力とかの問題ではないと思う。 タイ語はとても単語が少ない言語で、すべての単語を単純に並べて話す。時制もない言語なので、過去なのか今なのか未来なのかもわからな...

地震が来るはずのない国で。

 地震がないと言われている国で地震にあって4日。なんとなく記録しておこうと思う。 地震が来る2週間前、初のインドネシア出張でバタバタしていた。プロジェクトでの出張だったので、あまり自由はなく、でも最後にはなんとかインドネシアに駐在している同期にも会え、3日ほどの滞在で帰ってきた。 地震が来る1週間前、日本からの出張者対応とプライベートの訪問者により、毎日忙しい&現地料理を食べることとなり、さらにバタバタしていた。この週の週末からお腹を壊し、今もなお完治していない。(食あたりなら1週間あれば治るので、ストレスによる慢性的な下痢?) そして地震の日、お腹の調子はよくなかったものの、出社していた私は、同僚とご飯を食べ会社に戻ってきた。さて午後の仕事をするかと座った直後の午後1:30、同僚が「なんか音してない?」と言い出した。 「窓ふきの作業の音じゃないですか」とかなんとか言っていると、急にビルが揺れ始めた。 日本の地震の揺れとは違い、ゆっくりとしているがとても大きな揺れ。 私たちがいるのが20階以上ということもあり、大きく揺られているような感じだった。 日本なら、机の下に隠れよう!となるけれど、ここはタイ。(建物倒壊したりせんよな・・・?)と、とても嫌な思考が頭をめぐる。 そんなことを考える中で、揺れはなかなか収まらず、建物の壁がメキメキ、ミシミシと音を立て始めた。日本で地震には何回もあったことはあるけど、聞いたことのない音。 免振とか耐震とかの概念がない国で聞く、建物の悲鳴。本当に死が頭をよぎった。 「建物が倒壊して潰されてそのまま死んだらどうしよう。。」 そんな色んな事を考えている30秒の間に、降りよう!!という話になり、日本人・タイ人全員で階段から避難開始。 普段、送り迎えも車、本当に運動不足な私は23階を駆け降りるだけでも太ももが疲労で震えた。 何とかオフィスのタワーから抜け出し、公園へ避難しろと知らないタイ人が叫ぶ。タイ人は地震に慣れていないので、パニック状態だ。途中、ビルから砂ぼこりが出ているところを見上げながら、なんとか公園へ退避。1時間ほど余震に備えて待機した。 オフィスにはもう戻りたくないな、という気持ちと、自分の家も相当高層階だけど、大丈夫かな、という気持ちで、暑い中影を見つけて座り込む。 特段余震も来なかったので、オフィスに荷物だけ取りに上が...

あこがれ(笑)の海外生活の実態レポ

 あっという間に赴任から3か月が経った。 3か月時点の感想を記していく。 仕事について 事務処理がないので、だいぶ残業からは解放されている。いわゆる営業活動に注力できる環境で、小さな会社なので社内調整も最小限で済むのはありがたい。 これなら営業というカス職種を続けてもいいかな、という気持ちになるけど、日本に帰ったら絶対にこんなことはないので、期間限定ということで楽しむことにする。 仕事量は減ったが、飲み会はめちゃくちゃ増えた。お客さん、パートナーさん、社内、全てが距離が近く、半分仕事だ。 仕事とプライベートの境界が曖昧なので、あまり残業はないけど、頻繁に仕事の延長のような会食がある、という特殊な日々を送っている。 日本人同僚との関係性について 入る前は戦々恐々としてた村社会への順応だが、意外とあっさり打ち解けられた。 東京で超ドライな職場環境に4年も身を寄せていたので、関西時代のような村社会へ再度飛び込むことに抵抗感があったが、入ってみれば居心地は良かった。 みんないい人でコミュニケーション能力が高い人たちばかりなので、ふと関西時代を思い出したりする。入社から5年目まで、相当先輩たちに遊んでもらっていた。先日いったカラオケでは、関西で先輩たちが歌っていた曲を先輩や上司が歌っていて、すごくエモかった。 飲むための曲、独自のコールがある曲、アホみたいなカラオケをしていた時代が懐かしい。 今も同じようなカラオケをしている。飲んではないけど。とても久しぶりの感覚だった。 赴任前に、村社会恐いと愚痴っていたら、仲いい後輩に「関西と同じでしょ、すぐ馴染みますよ。」と言われていたこと思い出した。すぐ馴染んだわ、ありがとう。 外国人同僚との関係性について ちょっとずつ、下手なりにコミュニケーションが取れるようになってきた。同僚は基本テレワークしているので、あまりオフィスでは会わないが、会ったら話すようにしている。言葉が通じないこともあるけど、とりあえず伝えようという意思が重要だと感じているので、なんとかコミュニケーションをとっている。 仕事面は、日本人よりざっくりしていて、メールにレスがなかったり、お客さんが聞いていることに答えていなかったり、不安な部分も多いが、できる限りの調整とコミュニケーション重ねるしかない。 ゆっくり英語を頑張っていこうと思う。 生活について あまり...

What do you mean?(海外かぶれていません。最後まで読んでください。)

とある東南アジアの国に着いて1か月が経った。 あっという間に1か月。本当に目まぐるしい日々だった。 約3週間のホテル暮らしを経て、やっと家が決まり、自分の家への引っ越しが終わった。 日本よりちょっといい部屋で、清掃が入るため、家事は最小限でとても居心地がいい。 やっと落ち着いたので、赴任からの1か月を振り返りたい。 着いて2週間は、お腹を壊していて本調子じゃなかった。食あたりではなく、ずっとお腹の調子が悪い。日本で飲み慣れない硬水、環境が変わったことへのストレス等で調子が悪かったんだと思う。そろそろ私の肛門が裂ける・・・!と危機感を抱いていたが、3週間目に入ったところで急にスッと治った。体が硬水やら菌やら諸々に順応したようだ。休むほどの不調も出なかったし、本当に聞き分けの良い体で良かった。 仕事の方はというと、慣れない英語での会議、日本とは違う仕事のやり方に苦戦しつつ、毎日を過ごしている。社会人9年目にもなってくると、日本での仕事で仕事の進め方に不安を感じることはなかったが、こちらではそういった心配・不安の連続だ。これはまだまだ慣れないだろうな・・・と思う。 こっちに来てから、自分を追い込まないように意識していることがある。 まずは、自分に期待しないこと である。 日本ではそれなりに仕事をこなしていたし、自分の判断に自信があった。日本での仕事っぷりと比較すると、こっちでの貢献度は足りていないと感じるけれど、そんなもんだと受け入れるようにしている。別に私はエリートではないし、そんな優秀でもないから、こんなもんなのだ。 というのも、どうせ性格的に、「頑張らなくてもいいや」と思っていても、勝手にそれなりに頑張るので、自分をあえて追い込む必要はなく、メンタル的にしんどくならないようにしている。 特に英語のコミュニケーションは結構な負荷とストレスがかかる。私は英語が苦手で、好きでもない。でも何の因果か駐在の選択肢をもらえてここにいる。 英語ができないことで、現地スタッフにどう思われているかとか、日本人の同僚にどう思われているか、とか考え出すときりがない。 この不安への対処方法として、「自分の知らないところで人が私の悪口を言おうとどうでもいいし、勝手に言っとけ!」と思いながら働いているし、口に出して笑い飛ばすことで自分への暗示をかけている。(日本人の同僚に、裏で何を言われてもど...

コンプレックスに苛まれる者たちへ

 変な時間に起きたせいで寝られなくなったので、真夜中の執筆。 営業という仕事を始めて9年、いろいろなお客様(及び上司)に出会ってきた。 学生時代での交友関係では出会わなかったような人たちが一定数いるが、その人と接するたびに、理解できない人間への解像度が上がってきて、哀れみに近い感情を抱くようになってきたので紹介する。 まず、入社して最初の上司と最初のお客様。 最初の上司は所謂パワハラ系だった。 俺様の機嫌を見て話しかけろ、俺様の言うことを聞け(口答えは許さない)タイプで、外回りから帰るたびに席に上司が座っていないかを確認して、いないとホッとするような人だった。 営業とは、が何かわからない1,2年目の私は、指示の理由を求めたが、「黙っていう通りにしろ」と言われるばかりで、成長にはつながらず、仕事も楽しくなかった。 機嫌のいいときはもっぱら自身の自慢を聞かされ、相槌を打つばかりだった。奥さんの実家が太く、家族カードを貸与されていた上司は、そのカードを使って行った豪遊を、自身の経済力のように話して自慢した。 その時はめんどくさいと思いつつ、おだてるムーブをしていただけだったが、今考えると、悲しい人だったんだなと思う。 その上司はプロパー入社ではなく、大学も今入ってきているプロパーの若手に比べると低かった。おそらく幼少期から大きなコンプレックス(想像するに家庭の金銭面、勉強等)があり、自分自身を実態以上に大きく見せることに必死だった。 そんな上司も、それから数年後に地方に飛ばされ、地方の村社会になじめず内部告発(セパ交流戦)され、辞めていった。 この上司だった時期は、お客様も(むしろお客様の方が)やばかった。 何かと理由をつけて業者(つまり私たち)を叱り飛ばす、当時30代の人だった。 私は用事があって電話をしたら、電話口で毎回15分罵られたし(いかに私が無能で、使えないかを説教してくるタイプだった。)、他のパートナー会社の担当者さんは、お客さん先に軟禁されて個室で1~2時間怒鳴られたりなどもしていた。 当時2年目だった私に自分を守る術はなく、本当に自分が悪いと思い込まされていたが、先輩に「本当にあなたが無能で担当を変えてほしいなら、上司に一報入れるだけなので、それは違う。あなたを罵ることを目的にした攻撃だと思う。」と言われて目が覚めた。 こちらは、本当にやばかったの...

全部私の仕事なのおかしくない?

 7月から駐在に行くというのに、日本の仕事が忙しすぎる。 平日は夜遅くまで、土日も部分的に出勤。 自分のタスクがたまっているだけならまだいいけど、抱えている案件がピンチな状態で、状況も良くない。 あまりにも考えないといけないことと段取りが多いので、チームのメンバーに作業をお願いしていたら、その作業も全然終わっていなかった。 私が毎日チェックしてなかったのもあるけど、やるといったことはやってほしい。その管理すらもしんどい。 私が真面目過ぎるのか?結局任せていた仕事も重要な部分は巻き取って、自分でやっている。自分が一番信頼できるから・・。 責任感とかくそくらえ。 私はもう海外に行くんだ。もう準備に専念させてくれ・・・日本の仕事なんてマネージャーでやってくれ。 本当に不安。土日以外はほぼ家にこもり切っていて孤独を感じるし、仕事は終わらないし、こんなバタバタしたところから、1人で異国の地で仕事しながら生活する?は?って感じ。 こんな中、GWも仕事だし、関西で予定入れまくったから、みんなに会えるのはうれしいけど、しんどいなあ。 あ~~~~なんでこんなに人いないんだろう幣部。そしてマネージャーは手を動かさないんだろう。 ものごとの段取りも、見積作業も、資料作りも、お偉いさんの日程調整も、全部私!全部私の仕事!ほんとにきもい! あーーーーーーーー駐在いいから、3か月くらい休みほしい。つかれたつかれたつかれたつかれた。責任感のあるやつが損する世界。 今はなんとか後輩に愚痴聞いてもらって頑張ってるけど、向こうの仕事大丈夫かなあ 孤独と、仕事へのストレスと、生活へのストレス、耐えられるかな きっとなんとでもなるけど、普通にしんどいなあ。 まあどんだけしんどくてもお腹はすいて、眠くなる健康体なので、多分大丈夫なんだけどね。