投稿

炎上五輪vs炎上案件

 約一か月振りのブログの更新。 この間、私は悲しくなるほど仕事をしていた。 金は要らんから時間をくれ、状態だ。 (今は少し落ち着いたが、悲しい状況には変わりない) 前向きな仕事ならまだよかった。遅延プロジェクトのリカバリという、最高に後ろ向きな仕事で残業をしていた。 一応(というかまっとうに)営業職なのだが、システムエンジニアが本来やるような「どうやってプロジェクトの遅延を解消するか、どうスケジュールを立てるか」といった管理業務をさせられていた。 「とりあえず新規の営業活動は全部やらなくていいから、100%でプロジェクトに従事して!今やってる新規案件も全部引き継いで!」 と、上司に言われたときは、正気かと耳を疑った。私は営業じゃなかったのか。 なぜ、営業の私がシステムエンジニアがやる仕事をさせられていたのか…それは単純に人手不足だ。 弊社、何万人も従業員がいる大企業ではあるが、残念ながら「お客様に求められているレベルでコミュニケーションが取れ、管理業務をできる人材」は、一握りしかおらず、そのひと握りの人材を複数プロジェクトで引っ張り合っている状況だ。 これは、私が優秀とかいう話ではなく、たまたま手近にいる「お客様とコミュニケーションをとれる人材」が、私しかいなかっただけである。もちろん1人ではなく、システムエンジニアの課長がついていたので、それを補佐する形で動いていた。 今回のプロジェクトは自分で勝ち取ったものだったが、とんだ災難だ。システムエンジニアの仕事(しかも、管理業務なので、課長レンジがやる業務)を手伝わされることは、まったくもって納得がいかなかったが、「期間限定だし、上司命令だから」…と言い聞かせ、悪戦苦闘しながらやっていた。 ただ、そんな状況もかれこれ2か月以上が経ち、状況が改善されない中で息切れ状態に来ている。 親しい同期などに話は聞いてもらっているものの、コロナによる圧倒的な私的コミュニケーションの不足。昨年11月に異動したばかりということもあり、部内に腹を割って話せるメンバーもおらず、全ての状況がじわじわと精神を蝕んでいるのを感じる。 …と、ここまで読むと、こいつ遂にやばいんじゃないか と思われるかもしれないが、私の中ではまだ大丈夫な域である。 社会人人生で一番つらかったのは「人格攻撃が趣味のクソ客&超絶パワハラ上司に振り回されまくった2年...

狩猟女子、夢はスーパーニート。

最近、モンハンをいろんな人とやる機会が増え、電話でたわいのない話をしながら一緒に狩りをしていた。 新婚で最近子供が生まれた同期(男性)と話しながらやっていたときの違和感を書き留めたいと思い、本日の更新に至る。 (音楽を聴きながら書いているので、文章構成がおかしいかもしれないが、多めに見てほしい。Adoいいよね。) その同期は最近子供が生まれ、現在は奥さんが育休中で、仕事の合間で育児を手伝っているとのことで、仕事+育児はしんどいと愚痴を吐いていた。 それ自体に特に違和感はないのだが、自分も子育てをする一方で、自部署の子育てに軸を置いた働き方をする女性営業には、「正直ウザさを感じる」というのだ。 やはり、子供の面倒をメインで見ていると、迎えの時間や子供発熱時に抜ける形になるため、終わらない仕事は同期が引き受けることになるらしく、「俺も子育てしているのに、なんでこっちばかり仕事しなきゃいけないんだ。」と鬱陶しさを感じるそうだ。 なるほど、子供ができたら、そういった働き方に理解が深まると思っていたが、そういうわけではないらしい。 私のチームには子育てをメインでやっている担当はいないが、上司が子育てしているので、夕方の時間帯は連絡が取れなかったりすることはある。それ自体に不満はないが、自分の仕事自体のしわ寄せが来たら、時間に自由のきく独身がやらなきゃいけないことに関して、あまりいい感情は抱かない。 ただ、結局は持ちつ持たれつだし、感情論と仕事は切り離してやるべきことをやるだけなので、それを外に出すことはない。 ここで悲しさを感じてしまったのは、”子供がいても、そういうワークライフバランスを保った仕事の仕方に鬱陶しさを感じる人は一定数いる”ということである。 その同期(男性)は、「2人目のときは産休取ろうと思っている」らしく、(いや、持ちつ持たれつやんけ)と心の中で突っ込んでしまったが、そういう自覚はないのだろう。 同期はたしかに同僚の分まで仕事をして、今現在迷惑をこうむっているかもしれないが、産休をとっている奥さんの職場では、奥さんの分を誰かがカバーしているのだ。そういう視点を持てないことは悲しいな…。 と、そんなちょっとめんどくさい指摘をしても意味がないので、「まあでも、ワークライフバランスを保った仕事の仕方ってのも選択の1つよね。私は独身だけど、仕事にすべてをかけようとも...

「おめでとう」と言われない世界線

 仕事のモチベーションの保ち方について、難しいなと思う今日この頃。 とある案件を2か月近くやっていて、完全テレワークの中でおこなう提案に四苦八苦しながら、時に発狂しながら、やっと内示にこぎつけた。 異動して1から行った初の案件で、それなりに大きな案件だったので、獲得自体はとても嬉しいのだが、内示をもらった旨を社内のメンバーにメールしても、全然レスがない。 本当は、内示をもらった瞬間に、「獲ったどーー!!」くらいのノリで、上司や一緒にやっていたメンバーにチャットしたかったくらいなのだが、さすがにノリが軽すぎるかなと思い、メールにしたところ、まじでレスがなかった。 案件獲ったことうれし泣きよりも、レスがないことに泣きそうである。 あれ、みんなウレシクナイノカナ??? ちなみに、以前から案件の話をしていた同期数人に、社内チャットで「獲ったど宣言」をしようとしたら、もれなく定時退社していた。これだからホワイト部署のやつは……。 こういう経験を経てみると、自分は何のために仕事をしているのだろう、とふと思う瞬間がある。 弊社は残念ながら超日本的な企業なので、案件1つとったくらいでは給料やボーナスはグンとはあがらない。なんならボーナスは相対評価なので、頑張ってノルマを達成しても、それ以上に営業数字がいい人がいれば評価は良くならないし、ベースの昇給に関しては、学生時代の悪しき通知表文化と同じで「一個人(つまり上司)の独断と偏見により決まる」ので、案件をとることよりも、上司に媚びた方が出世したりする。 (ちなみに、私はこの上司の独断と偏見による昇給制度のせいで円形脱毛症になったことがある。ただ、今はもう気にしていない。一個人の評価で人間性を否定されたような気持になるなんて、あほらしいの極みだ。) まあ、そうは言っても、今の会社を選択したのも自分、転職せずに働き続けているのも自分なので、ぐちぐち書いても仕方ないことである。嫌なら外資にでも転職すればいいが、そんな勇気はない。 それにしても、まじでテレワークでのモチベーション維持難しいな!! ゲームでもしよ~~っと。 作成時間:20分(悲しみの中で)

私と鳩と網と

 都市開発が進んだ今、自然との気共存は難しい。 現在、新しい住居では日々、鳩と格闘している。 入居してきた日に鳩が巣を作っていることが判明して以来、大家さんに鳩除けネットを張ってもらい、ベランダの手すりに鳩除けのとげとげをつけたりと、ずっと鳩と戦ってきた。 鳩はカラスほど賢くないので、対策がされていても、帰巣本能に従って帰ってくる。 最初こそネットで撃退できていたものの、最近長期で大阪に返っている間に、どうにかネットの隙間からベランダ内にもぐりこみ、巣を作り出していることに気づいてしまった。 この状態になると、ベランダの糞害がすごく、朝も鳩の鳴き声で起こされることになる。 今日の朝も、鳩の声で起床。疲れていたのに6時に起こされ、イラついて壁ドンならぬ窓ドン。最近の鳩は窓ドンぐらいでは飛んでいかないので、窓を開けて威嚇。 隣人が、私のことをどう思っているか心配ではあるが、この際そんなことは気にしていられない。 ただ、一時的に追い払っても、数時間後には帰ってきて鳴き続ける始末。 先ほどまたネットに入り込んで巣を作っているのを見つけてしまい、徹底的な鳩排除を決意した。 しかも、毎回しっかり番いで帰ってくるので更にイラつく。(これは個人的な八つ当たり) 私の敷地に愛の巣は作らせない。 すでに張ってあるネットのあらゆる隙間を目張りし、絶対に入ってこれないようにした。これでしばらくは大丈夫なはずだ。 鳩側からしたら、巣を作っているところに後から入居してきたのは人間(私)なので、不法侵入だと憤慨していることだろう。 ただ、残念なことに、人間(私)は土地の所有者と賃貸借契約を結んでいるので、法的には君たち(鳩)が不法侵入者なのだ。早く出ていきたまえ。 これは戦争だ。人間と鳩の。 どちらかが白旗を上げるまでこの戦いは続く。 鳩が平和の象徴とは、よく言ったものだ。それなら今すぐ白旗をもって謝りに来てほしい。 申し訳なかったでポッポー。 お昼休みの時間を割いてでも、この決意は伝えたかった。 私は君たちには屈しない。 作成時間:10分 (せっかくなのでタイトルはある作品を文字ってみたが、ネタがあふれそうだったので説明は割愛)

トップオブヒエラルキーに、俺はなる!(なりません)

 今回は、世のヒエラルキーについて。 世の中には、ヒエラルキーという階層制が、目に見えない形で多くある。 私は大学時代、ダンスサークルに所属していたが、そこがヒエラルキーの巣窟のような場所だった。 マンモスサークルで、人数は多かったが、  キラキラ(いわゆる陽キャラ)ヒエラルキー  容姿ヒエラルキー  ダンスのうまさヒエラルキー etc 日々水面下で自分の立ち位置を少しでも上げようとする人たちの集まりだった。 私は、サークルのヒエラルキーにおいて最下層に位置していた。争いには出来るだけ関わらず、1番下でいいのでそっとしておいてください……というスタンスで4年間を過ごしたが、それが故にも踏み台として使われることも多く、それなりに不愉快な思いもしてきた。 (友人から、なぜそんなサークルに入ってるのかと言われたが、それはひとえに、ダンスへの愛と、舞台から自分たちで作って踊れるサークルがそこだけだった、という理由だけだ。) 自分を上げるために、後輩の前で執拗に指導されたり、(指導してくる子は、後輩への教え方が分かりにくい と言う内容で私を責めていた。本当に指導内容が悪かったとしても、後輩の目の前で大声で指摘する必要はなく、私が逆の立場なら、後で伝えるくらいの配慮はする……) キラキラした先輩には飛びつくのに、私には挨拶もしない後輩だったり、 余興で汚れ役を押し付けられたり、 ヒエラルキーに興味がないのに、巻き込まれて不愉快な思いをさせられるのは全くもって納得いかなかった。 そんなサークルメンバーも卒業し、結婚するメンバーが増えたのでたまにはいいかと思い、集まりに顔を出したりもしたが、全くもって本質は変わっておらず、何をもってマウントを取るか、どういう属性のヒエラルキーか という違いだけだったので、もう会うことはないだろう。 ちなみに、今のヒエラルキーは、旦那、子供である。 自分たちの土俵で戦っているのはさぞ気分が良かろうな……(独身のひがみ含む) 社会人になって、居たくないコミュニティにいる必要はなくなったし、意味のないヒエラルキー争いに悩まされることも少なくなった。 こう書くと、ヒエラルキーに全く興味のない悟りを開いた高尚な人間っぽく聞こえるが、そういうことでもない。 超不本意ながら、私が今人生で1番注力しているのは仕事だが、仕事のおいてのヒエラルキーは、上の方に...

初めての海外、フランス・ドイツ・ベルギーの珍道中

イメージ
投稿頑張るといってはや半月。ブログに書くネタがなくてまた投稿が空いた。 なぜか考えてみたが、日々自宅の中で仕事とゲームをする毎日で、インプットがないからアウトプットができないんだなということに気が付いた。 インプットというのは、本や情報を仕入れることもそうだが、外での出来事や旅行など、体験も含まれてくるので、外での活動が減っている現状では仕方ないともいえる。 何かネタを…と考えていたところ、「過去の海外旅行を振り返る」という企画を思いついたので、まとめていく。 完全に自己満企画…まあ、どの記事も自己満か。 レッツゴー 第一回目は、人生初の海外旅行 フランス・ドイツ・ベルギー旅行!!(2015年2月) 人生初、ワタシエイゴシャベレマセン、状態で、まさかの行き返りの切符だけを買ったフリーの旅行。 ひとえに、英語が喋れて現在翻訳の仕事をしている友人Aと、当時フランスとドイツに留学していたB,Cのおかげである。マジありがとう。ここで価値観変わって、海外旅行大好きマンになりました。 まずはお写真を…(PCにはあまり写真残ってないんだけど) エッフェル塔様 ブリュッセルのグランプラス ケルン大聖堂 綺麗な頃のノートルダム大聖堂 友人のおかげで、パリの地下鉄の乗り方も、観光名所も難なく回れ、初めての海外旅行に刺激を受けまくりで最高だった。 ただ、フリーの旅行だったので、大小トラブルもしばしば。だいぶ前の旅行だが、印象に残っている。(今は、トラブルも旅行の醍醐味だよね、と思っているが、当時は焦っていた) ①ヴェルサイユ宮殿お休み問題 地球の歩き方に、ヴェルサイユ宮殿の休みはないと書いていたのに、現地に行ったら休みでした。次の日仕切り直して入れたけど、この時に地球の歩き方は案外いい加減、ということを学びました。 ②切符の磁気破損、英語で説明できない問題 パリの地下鉄に乗ろうとしていた時のこと。買った切符を通そうとすると、磁気破損のため通れず、駅員さんに説明しようとするも、私の英語力では磁気破損が伝えられず、丁寧に「改札の通り方」を説明してもらいました。 I don't use this ticket, but I can't through that gate!!!! みたいなことをずっと言ってたら、窓口の駅員さん、めっちゃ丁寧に改札の通り方教えてくれたわ。 泣く泣く...

承認欲求おばけとの戦い

 またまたブログをさぼってしまった。 短い内容でもいいから、継続したい。大した内容でなくても、継続することが大事な気がする。頑張る。 本日は、人間の生きる糧「承認欲求」について。 コロナで人と会わなくなった昨今、人から承認してもらう機会はぐっと減っている。 今まで対面で話してきた上司・同僚と顔を合わせなくなり、些細な「ありがとう、助かった。」という言葉を受け取らなくなったり、人前で何かを披露する機会が減ったり、誰かに何かを自慢する機会が減ったり…。 その代わりに、より承認欲求の巣窟になっているのがSNSで、熾烈な “いいね獲得争い” が繰り広げられている。 承認される対象は自分自身ではなくてもいい。自分の暮らし、ステータス、趣味、子供、ペット etc… なんでもいい。自分が所有している何かが人に認められれば、心は満たされる。 SNSは自由な場であり、ある意味本来の使い方の1つな気もする。 何でもいい。何か1つでも、自慢できるものを持っている人は胸を張っていいと思う。 ちなみに私には何もない。仕事も、趣味のゲームも、暮らしも、ステータスも、何1つ自慢するようなものがなく、漫然としていて、日々がのっぺりとしている。 今まで何をもって承認欲求を満たしていたのか、と聞かれるとわからないが、少なからず顔を合わせる同僚や先輩の言葉だったり、いろいろな場所に旅行に行った記録をSNSに載せる行為だったり、何かしらあったのかと思う。 それが、今は1つもない。 そんな自分を虚しく思う反面、心の奥底で思っていることがある。 「別に人から認められなくてもいい。自分が納得できていればそれでいい。」 …我ながら達観している。 ただ、この考えを維持するのはけっこう難しくて、人から認められない分、(自分の納得ってなんだ?納得してるってどう測れるのか?)みたいに、着地点がわからなくなることがしばしばある。 だからみんな、人から認めたがられるんだろう。やはり、修行を積んで悟りをひらくまでは、第三者の承認は必要そうだ。 現状の「私には自慢できるものは何もない」状態を解消しないといけないわけだが、唯一言えるとしたら、このブログだろうか。 いまさら、ブログ書く人ってあんまりいない中、ちゃんと思考がアウトプット出来て、それを読んだ友人が後日、感想を言ってくれる。 それが、一番今満たされることかもしれな...